
成年被後見人は遺言を作成できる?有効になるための3つの要件
「認知症の親に成年後見人がついているが、遺言書を作成させることはできるのか」と悩む方は少なくありません。結論からお伝えすると、成年被後見人であっても、一定の要件を満たせば有効な遺言書を作成することができます。民法973条が定める3つの要件と、成年後見人が本人に代わって遺言を作ることはできない理由、被保佐人・被補助人との違いまでを解説します。

結論|成年被後見人でも要件を満たせば遺言を作成できる
成年被後見人は、家庭裁判所の審判により「事理を弁識する能力を欠く常況にある」と判断された人です。原則として単独でした法律行為は取り消すことができますが(民法9条)、遺言については例外的な扱いがあり、事理弁識能力を一時的にでも回復していれば、民法973条の要件を満たすことで有効に遺言書を作成できます。民法963条は遺言をする時点で意思能力(判断能力)を有していることを求めており、年齢についても満15歳に達していれば遺言能力の対象となります。成年後見が開始しているという理由だけで、遺言が法的に無効になるわけではありません。
成年被後見人とは|後見開始の審判を受けた人

成年被後見人とは、認知症や精神上の障害などにより判断能力(事理弁識能力)を欠く常況にあると家庭裁判所が判断し、後見開始の審判を受けた人を指します(民法7条)。判断能力が不十分な人を法律面・生活面で保護する成年後見制度は、2000年に、旧来の禁治産・準禁治産制度に代わって導入されました。後見開始の審判は、本人・配偶者・四親等内の親族のほか、未成年後見人や保佐人、検察官なども申し立てることができ、家庭裁判所は精神科医などの診断書・意見書をもとに本人の判断能力を確認したうえで審判を行い、財産管理や契約などの法律行為を支援する成年後見人を選任します。必要に応じて、成年後見人の事務を監督する成年後見監督人が選任されることもあります。成年後見人には本人が単独でした法律行為を取り消せる強い代理権が与えられますが、日用品の購入など日常生活に関する行為はこの取消しの対象外です。遺言も、財産の処分そのものというより本人の意思を尊重すべき身分行為的な性格を持つため、成年後見人の代理権や取消権が及ぶ行為ではありません。
成年被後見人が有効な遺言を作成するための3つの要件(民法973条)
成年被後見人が遺言書を作成する場合、民法973条により、通常の遺言能力の要件に加えて次の3つの厳格な要件を満たす必要があり、実務上は決して簡単ではなく難しいといわれることもあります。いずれか一つでも欠けると、その遺言は無効と判断されるおそれがあります。
判断能力(事理弁識能力)が一時的に回復していること
遺言をする時点で、遺言者が事理を弁識する能力を一時的にでも回復している状態でなければなりません。認知症の中には、記憶力などが著しく低下する一方で判断力にむらがある「まだら認知症」と呼ばれる状態もあり、比較的意識がはっきりしているタイミングを見計らって遺言の機会を設ける必要があります。
遺言のときに医師2人以上の立会いがあること
遺言をする際には、医師2人以上の立会いが必要です。立ち会う医師は本人の主治医であることが多いですが、遺言者の判断能力を医学的に確認できる立場であれば足り、公証役場や自宅、病院など、遺言を作成する場所に医師が同行して立ち会います。なお、成年被後見人と利益相反となるおそれのある親族は、遺言の証人・立会人にはなれません(民法974条)。
医師が判断能力の回復について遺言書に付記し、署名・押印すること
立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時点で精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況になかった旨を、遺言書に付記したうえで署名・押印しなければなりません。この付記は、後になって遺言の有効性が争われた際に、判断能力が回復していたことを裏付ける重要な証拠になります。
作成できる遺言の方式|公正証書遺言が推奨される理由

成年被後見人が作成できる遺言の方式に法律上の制限はなく、自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言のいずれも選択できます。自筆証書遺言は全文を自分で書く方式、公正証書遺言は公証人が遺言者の口述をもとに作成し証人2人以上の立会いのもとで成立させる方式、秘密証書遺言は遺言者が署名・押印した遺言書を封筒に入れて封印し、公証人と証人の前に提出する方式です。自筆証書遺言は2020年から法務局で保管してもらう制度も利用できますが、自宅で保管すると紛失や第三者による改ざん・破棄のおそれがある点には注意が必要です。
実務上は、公証人が本人の意思確認や医師の立会いの手配、付記の作成までを主導してくれる公正証書遺言が強く推奨されています。公証役場や公証人と事前に打ち合わせのうえ、対応可能な公証人と立会いの医師を確保し、公正証書遺言の作成日を予約する流れが一般的です。自筆証書遺言や秘密証書遺言では、医師の立会い・付記という要件を満たしたことを客観的に証明しづらく、後日の無効主張のリスクが高くなります。
成年後見人が本人に代わって遺言を作成することはできない
遺言は本人の意思を反映させるための一身専属的な法律行為であり、成年後見人がどれほど広い代理権を持っていても、本人に代わって遺言書を作成したり、内容を決めたりすることはできません。成年後見人ができるのは、本人が要件を満たして遺言をする機会を整えるための環境づくり(公証役場との調整、医師の手配など)までであり、遺言の内容そのものに関与すれば、遺言の有効性が否定されるだけでなく、後見人としての善管注意義務違反にも問われかねません。この点を誤解し、後見人が実質的に遺言の内容を決めてしまうと、権限を逸脱した行為として問題になるおそれがあります。
被保佐人・被補助人の場合との違い
判断能力の低下がより軽い被保佐人・被補助人については、成年被後見人ほど厳格な要件は課されていません。被保佐人・被補助人は、保佐人・補助人の同意を得ることなく単独で有効な遺言をすることができ、医師2人以上の立会いや付記といった民法973条の特別な手続きも不要です。これは、遺言が財産の処分に関する重要な意思表示である一方、日常的な法律行為の制限とは切り離して本人の意思を尊重すべきだという考え方に基づいています。なお、こうした家庭裁判所が関与する制度は「法定後見」と呼ばれ、判断能力があるうちに将来へ備えて契約しておく「任意後見」とは区別されます。
要件を満たさない遺言は無効になるおそれがある

民法973条の要件を満たさずに作成された遺言は、法的な効力が認められず、後になって相続人などから遺言能力の欠如を理由に無効を主張され、争いに発展するケースがあります。実際に、判断能力の有無が裁判で争われた判例も存在します。話し合いで解決できなければ、調停や訴訟にまで発展することもあります。裁判では、長谷川式簡易知能評価スケールなどの認知機能検査の結果も、遺言をした時点の判断能力を判断する材料として参照されることがあります。遺言が無効と判断されれば、相続人全員による遺産分割協議で分け方を決め直さなければならず、家族間のトラブルにつながりかねません。こうしたトラブルを防ぐためには、作成時点で要件を満たしたことを客観的な記録として残しておくこと、そして判断能力の低下が進む前の早い段階で、任意後見契約や財産管理等委任契約などの生前対策を検討しておくことが重要です。
まとめ|成年被後見人の遺言作成は専門家への相談を
成年被後見人であっても、事理弁識能力の一時的な回復・医師2人以上の立会い・医師による付記という3つの要件を満たせば、有効な遺言書を作成することができます。ただし、これらの要件を本人や家族だけで整えるのは容易ではなく、公証人や立会いの医師の手配、遺言能力の確認方法など、実務上の判断が必要な場面が数多くあります。成年後見人が本人に代わって遺言を作成することはできないため、判断能力があるうちに、あるいは一時的な回復のタイミングを逃さないうちに、相続・遺言分野の対応実績がある司法書士事務所や弁護士など、専門家へ早めに相談することをおすすめします。遺言の内容を実現する遺言執行者をあらかじめ指定しておくと、相続開始後の手続きがスムーズになる点もあわせて知っておくとよいでしょう。
